ますます盛況、多喜二フェア
(2008年8月6日)
格差社会のみならず総物価高で、日々の生活が日に日に苦しくなっている今日この頃、小林多喜二の『蟹工船』は相も変わらず若い世代を中心に大きな関心を集め続けています。今や、駅の小さな書店にも『蟹工船』が棚積みされ、発行が間に合わず地方都市では入手しにくいとさえ言われています。
しかし、『蟹工船』を読んだ若い世代の感想は様々。多いのは、「文章や漢字が難しい」「凄惨な内容で凹んだ」というもの。80年前の作品である事や、多喜二の優れた文章力が、有る部分において端的に若い世代の感性を刺激したようです。
さて、多くの関心を集める『蟹工船』ですが、新潮文庫から出ている文庫版では、『党生活者』も併載されています。暗くジメジメしたイメージの『蟹工船』に比べると、『党生活者』はスパイ小説の趣きもあり、むしろ若い世代には『党生活者』の方が楽しく読める様です。
そこで、平和と労働センター・全労連会館エントランスロビーに開設されている「多喜二フェア」ブースでも、『党生活者』の資料・図像を展示してみました。

こちらは讀賣新聞に掲載された広告とタイトルを消したゲラ
「党生活者」というタイトルでは、とても検閲が通らないので
「転換時代」と換えています

当局からにらまれると
国家にとって具合の悪い箇所は
×印で伏せ字にさせられます

「転換時代」と名をかえて発刊された「党生活者」
1933年に中央公論4・5月号に掲載されました

ところが、奇特かつ勇気のある人が
密かに伏せ字無しの「党生活者」のゲラを保存していました
この人のお陰で、私達は今、「党生活者」が読める訳です

さて、これが「党生活者」の舞台となった工場のモデル
五反田にあった軍事工場・藤倉工業
その落下傘工場です
有名な「空の神兵」もここで作られた落下傘を使ったかも

こちらは五反田工場全景
こうした工場が、昔は都内に沢山あったんですねぇ

こちらはこの工場で作っていたガスマスク
昔の軍隊用語では「被甲」といいます
大戦末期、追い詰められた日本兵は
このガスチューブのゴムを燃やして暖を取ったりしたとか

これが現在の藤倉工業
立派なビルになっています

「蟹工船」関連の写真も増強
これが物語の舞台になった漁業母船

これが川崎船
蟹がてんこ盛り

蟹の殻を取る作業の光景
臭いがきつそうです
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